社団法人東京慈恵会医科大学 同窓会

 
会長挨拶
同窓会概要
同窓会の歴史
定款
同窓会振興基金
個人情報保護・管理
広報委員会規程
同窓会現況
管理部門報告
事業部門報告
お知らせ
通常総会
定期支部長会議
役員紹介
本部より
年間行事予定
会費/広報
住所変更届
連絡先・アクセスマップ



トップページ

同窓会トップ > 最新情報

最新情報
 
2017年02月25日 大学講座シリーズ 「外科学講座」
外科学講座統括責任者・教授 大木 隆生


(外科学講座の歴史と変遷)
 本学外科学講座の源は学祖高木兼寛先生に始まる。明治13年高木兼寛は英国セント・トーマス病院留学を機に英国外科学会のディプロマを受け31歳で外科医として帰国し、翌明治14年に本学の源流である成医会講習所を開設した。昭和初期、外科は東京慈恵会医院と東京病院の両方にあり、高木喜寛教授がいずれも病院長、外科教授として統轄していたが、昭和9年より児玉周一教授が東京病院、松山陸郎教授が東京慈恵会医院を分担して指導する2外科体制が始まった。
 昭和20年、松山教授の後任にとして高田善教授が、昭和22年に児玉周一教授の後任として大井実教授が就任した際に第1外科(高田)と第2外科学講座(大井)の2講座制が正式に発足した。昭和21年に青戸分院が設立され第2外科が担当、昭和25年に第3分院が設立され第1外科が担当した。昭和48年に第3分院外科は講座となり中村浩一教授が就任した。次いで昭和60年に青戸分院外科が講座となり三穂乙實教授が就任し、ここに外科4講座体制が確立した。第2外科では昭和44年に長尾房大教授が、次いで昭和63年には青木照明教授が就任した。昭和56年、綿貫拔擬逝去により櫻井健司教授が第1外科学講座教授に就任、昭和60年に第3分院外科・中村教授の後任に伊坪喜八郎教授が就任した。こうして確立した4講座体制から現在の大講座制へと統合される端緒は平成7年に第1外科櫻井教授の後任を第3病院外科伊坪教授が兼任する事で始まった。平成8年に伊坪教授の後任に山崎洋次教授が就任した際に第1外科から外科学講座第1へと名称変更され、同時に第3病院外科が統合された。平成13年4月に「講座等あり方検討委員会」の答申を受け、外科学講座第1、第2、青戸病院外科は統合され、54年続いた複数外科体制に終止符がうたれ大講座制が確立した。平成14年に外科学講座初代統括責任者に青木照明教授が就任し、以後、栗原敏(学長兼任)、矢永勝彦教授さらに平成19年より現在の大木隆生チェアマンに至る。学祖高木兼寛を源流とする外科学講座には輝かしい実績が多数あるが特筆すべきは日本外科学会総会を3度(高木兼寛先生、大井実教授、長尾房大教授)主宰している事である。同学会はもっぱら旧帝国大学により運営されており私学で複数回開催したのは117年の歴史で29校中3校しかない。
(大講座の概要)   
 現在、外科学講座には、呼吸器・乳腺内分泌外科(森川利昭教授)、消化器外科(矢永勝彦教授)、小児・血管外科(大木隆生)の3つの分野があり各々に分野担当教授がいる。「統括」責任者は学長により選任され、持ち回り制の内科学講座の「総括」責任者と職務権限・範囲、任期などを異にする。病院機能では分野がさらに細分化され呼吸器外科(森川教授)、乳腺内分泌外科(武山浩教授)、肝胆膵外科(矢永教授)、消化管外科(三森教雄教授)、小児外科(大木代行)、血管外科(大木)の六診療部・部長より構成されている。なお平成29年4月より消化管は上部(三森教授)と下部(衛藤謙講師)に分離し七診療部となる予定である。大講座を謳っている講座は内外にいくつかあるが一様ではなく、中には緩やかなものもあるが、本学外科学講座はハード・ソフト両面で一講座として機能している大講座である。外科医局は分野・診療部間の仕切りはなくカンファレンスや医局会も合同で開催している。人事も診療部ごとに素案は作るが講座全体としてバランスがとれるようにチェアマンが調整し一本化していることで分院と関連病院に安定的に人材が派遣できている。また、人手不足の救急部に外科学講座から常時7名を派遣しているが、この際も診療科ゼッケンを外して講座として一括して派遣することで各診療部の事情によらず持続可能な人的支援ができている。人材獲得、卒後教育の面でも統一後期研修プログラムを運営しており、3年間のレジデント中はゼッケンをつけずに一般外科の修練をし、修了後に初めて診療部を選択する。かつて4つあった外科同門会は諸先輩の努力の結果、有機的に統合され慈刀会と命名された。初代会長に青木照明客員教授が就任され、次いで穴澤貞夫客員教授そして羽生信義現会長(客員教授)へと引き継がれ、現役だけでは解決できない講座の諸問題に多大な尽力を頂いている。
(この10年間の歩み)  
 大講座には多くの長所があるが、同時に4つの異なる文化・価値観を有し、かつて競合していた講座を大学主導で答申に従って統合した結果生じた負の側面があった事も否めない。実際、私がチェアマンに就任前の数年間で毎年10名以上が辞職する一方で入局者も数名にとどまり医局員数は年々減少し、本院のみならず、ほぼ全ての関連病院で欠員が生じていた。人手不足が過重労働を招きさらに人手が減少するという悪循環に陥りつつあり医局には活気がなく殺伐としており大講座制は失敗に終わったという見方が大勢をしめていた。筆者は12年間の米国での活動を終えて帰国した翌年にチェアマンに就任したので旧講座間のしがらみがなく、心ある仲間とOBの協力と大学の支援を得て外科学講座再生に心血を注ぐ事ができたのは幸運であった。医局ライフが充実していなければ上質な医療は提供できないと考え、米国の行き過ぎた個人主義・競争原理を反面教師として、古き良き日本型株式会社や部活をモデルとして「トキメキと安らぎのある村社会」をスローガンに掲げ様々な改革を実行した。「トキメキ」は良き仲間とともに患者に喜ばれる外科医療、後進育成、研究開発、留学・昇格などを通じて得られるものである。「安らぎ」は医局が現在と将来の生活の安定を補償する事、「村社会」は有能か否かにかかわらず仲間を慮るウェットなゲマインシャフト型組織を意味する。また、人手不足ではこれらを実現する事は出来ないので、同時に「医局員300名、教授・院長輩出30名構想」も掲げ医局員と共に外科の魅力を若手に伝える事に腐心した。ただ、医局員を増やすために安易に中途入局を容認したら組織の秩序と公平性が保てないので原則中途入局を禁止し、生え抜き尊重ルールを策定した。具体的な施策としては、医局にあった様々な理不尽の排除、レジデント修了後の診療科自由選択制、統括責任者の人事権と予算権の分散、人事の透明化と公平化、業績至上主義を改め昇格基準を緩和する一方で昇格に際しての部下による評価導入、医局内の研究室の撤廃・医局スペース整備、合同カンファレンス、抄読会・学生教育の充実(9年連続学生人気トップ診療科とベストティーチャー選出)、「無人島でもらうノーベル賞より仲間に祝福される社長賞」をコンセプトに同門会賞の創設、定年退職した功労者の再就職先確保などに加えて、医局員に対して愛情を注ぎ、明るい医局とする事であった。また、仕事だけの付き合いでは帰属意識は涵養しづらいので医局旅行とゴルフコンペの復活、外科道大会、年4回の同門会、現在第104回を迎えた月例チェアマン夕食会などで学生、医局員とOBの親睦を深めた。その結果、チェアマン就任時には一九六名まで減っていた医局員数は十年連続二桁入局と退局者数減少により、現在279名の医局員を有する他に類をみない大きな外科医局となり、全国的に若手の外科離れが社会問題化する中「慈恵医大の奇跡」と評価されている。また教授・院長輩出も19名を数え10年前に掲げた目標達成が視野に入ってきた。この成果により、37の全ての分院・関連病院で外科スタッフの定数を満たした上に大多数で増員が図れ、良い環境の中、安心して外科医療が展開できる体制が整い、かつての悪循環を脱し「活気が活気を、人が人を呼ぶ」好循環に入った。また、人的余裕が生じた事で常時国内・海外留学に8名、大学院に12名が進学できている。さらに、増加した医局員の安住の地を確保し「安らぎ」を担保するために、大小含む9つの新規関連病院も獲得した。何よりも求心力と帰属意識が高まったことが最大の誇りである。例えば東日本大震災、茨城大水害、熊本地震の際に被災地救援志願者が毎回数十名に及んだこと、日本赤十字社とは別に外科独自の義捐金に多額の寄付が集まったこと(計2,700万円)、さらにへき地医療支援構想(宮城県、栃木県、福島県、高知県)に際しても志願者に事欠かない事などに求心力の高さが見て取れる。
(講座再生第二段階)  
 こうした大講座制外科は全国的に見ても稀有であるが、本学外科学講座の社会実験とも言える試みが高い成果をあげている事は注目されており、徐々に慈恵モデルを参考に大講座制が広まりつつある事を誇りに感じる一方で、講座統合という英断を下し、講座内不協和音があっても、逆風が吹いても辛抱強く見守った大学執行部に敬意を払うと同時に、統合の過程で痛みを分かちつつ尽力してくれた医局員と、大講座瓦解の危機の際にご指導いただいた慈刀会OBに感謝したい。過去10年は臨床と人材獲得に専念したが、今後はこの無限大のパワーを一層学術活動に注力し、名実ともに日本一の外科学講座へと導く事で本学の発展と西新橋再整備計画の成功にさらに貢献したい。来月号以降に順次外科学講座7診療部の紹介が掲載され、全ての診療部で成果をあげている事が見て取れるであろうが、それらを読まれる際はその基盤となっているのがここで述べた外科学講座の安定と隆盛である事に想いを馳せて頂きたい。










copyright(c) 2004 The Jikei University. All right reserved.