社団法人東京慈恵会医科大学 同窓会

 
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2018年11月25日 惜別 追悼の辞 「高木家と高木敬三先生の同窓会における足跡を慈大新聞でたどる」

 睫攘瓢粟萓犬亙神30年7月29日に逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。先生は本学の専務理事であり、同窓会の理事、広報委員でもありました。私たち広報委員一同は、先生への敬意と惜別の念を表したく、ここに先生の同窓会での足跡をたどることにいたしました。

 敬三先生は家系図に示すとおり、学祖高木兼寛先生の曾孫にあたり、兼寛先生の次男高木兼二元慈恵医大内科学教授の孫であり、高木文一元慈恵医大病理学教授(昭10)の三男として昭和22年にお生まれになりました(写真1)。高木家では兼寛先生の方針によって男子は高等師範学校附属に、女子は学習院に学ぶと決められていましたが、兼寛先生は成蹊小学校の創立者中村春二先生の設立の趣旨に賛同され、以後、男子は成蹊に入学することとなり、文一先生は大正7年に成蹊小学校に入学され、成蹊中学4年修了後、慈恵医大に入学、昭和10年に卒業されました(第116号)。敬三先生も新制成蹊高校を卒業され慈恵医大に入学されました(第330号)。また自宅でのテニス練習の写真から、文一先生の影響で硬式テニスをされ、東京ゴルフ倶楽部創設者の一人であった兼二先生の影響でゴルフも楽しまれていたようです。
 敬三先生は昭和48年に本学を卒業後、第一病理学講座に入局され、すぐに第二病理学講座に出向して病理解剖の手ほどきを受けられました。主たる研究は悪性リンパ腫であり、リンパ腫の研究が盛んなスタンフォード大学に留学されました(第699号)。平成10年に慈恵大学評議員、平成11年に専務理事、同年に本学教授(大学直属)、平成15年に同窓会理事に就任されました(第587号)。平成25年に教授を退任されましたが、その後も大学専務理事、同窓会理事、同窓会広報委員、同窓会大学支部長として尽力されました。 
 敬三先生のお名前が最初に慈大新聞に掲載されたのは昭和42年3月号(第149号)の入学生欄であり、次に昭和48年3月号(第220号)の卒業生欄でした。当時は「卒業生と入学者(生)」の名前を3月号に一緒に掲載していました。次に昭和50年10月の第92回成医会総会において肝腫瘍の活性酵素に関する研究で、共同演者として名前があり(第250号)、昭和56年11月の第1回骨髄移植研究会では専門分野である「GvHDの病理」について口演されました(第326号)。
 平成5年7月には同期会である48会の代表幹事として卒後20年記念で、大学への寄付が始まり(第465号)、卒後25周年には200万円(第529号)、平成15年11月の30周年時にも200万円を大学に寄付され、「慈恵大学の今」を熱く講演されました(第589号)。
 所属された硬式テニス部では、平成7年10月開催の硬式テニス部創部60周年の原稿を執筆され(第496号)、平成11年5月にはテニス部の後援会長に就任、活発に活動することを述べておられました(第540号)。
 平成11年10月の宮崎市高岡町での高木兼寛生誕150周年(第539号)に出席され、平成21年10月の160年記念行事には、大学の代表、高木家の代表として列席、高木兼寛像に献花をされ、「大学の発展と現状」と題して記念講演を行われました(第658号、写真2)。
 敬三先生は同窓会では学術部担当理事として各支部への講師派遣と支部学術講演会の開催を担当されていました。時には自ら平成15年11月の愛知支部総会(第591号)をはじめ各支部に出向かれることもあり、平成29年9月開催の山口支部総会では「慈恵医大の近況と将来像」を講演されました(第758号、写真3)。
 平成22年10月に挙行された大学創立130年・同窓会設立85周年記念行事の記念品である慈恵の歌「曙満ち来る」の新録音CD制作委員長を務め、学生歌を「慈恵医大の歌」と位置付けられました(第671号)。また平成27年10月に大学との合同開催である同窓会設立90周年記念祝賀会では司会をされました(第731号)。敬三先生が慈恵の歌の斉唱を告げられ、寮歌祭の衣装をまとい高下駄を履いた杉田守正君(昭50)のエールが始まりました(写真4)。
 平成26年11月には関東私立医科大学・大学医学部の親睦を目的として開催された第30回「八医会」ゴルフ大会にキャプテンとして皆を率い、東邦大学の六連覇を阻止し団体優勝を果たされました。優勝の挨拶では、長い間待ちわびた日がついに来た、これ程嬉しいことは久しくなかった。慈恵の結束力を再確認することができた、と述べておられます(第721号、写真5)。
 平成27年6月、敬三先生は第121回成医会神奈川県支部総会で「慈恵大学を支えてきた人々」と題して特別講演を行っておられます。先生ご自身の集大成である高木家を中心とした六代にわたる家系図と慈恵が人々に支えられ難局を乗り越えてきた歴史を話されました(第733号、写真6)。
 特別講演の映像は同窓会ホームページで閲覧することができます。ご参照ください。
 平成29年7月、中央講堂お別れ会では司会を務められ、哀愁に満ちたゆっくりした口調の開会の挨拶は今も脳裏に鮮明に残っています(第752号、写真7)。

 このように睫攘瓢粟萓犬蓮同窓会理事、広報委員としても大きな足跡を残してくださいました。最後になりますが、先生は闘病中にもかかわらず、平成30年3月8日の同窓会理事会、広報委員会に出席され、東急REIホテルでの食事もいつものように最後までお付き合いいただき、笑顔で帰えられるのをみんなでお見送りいたしました。その笑顔をいつまでも忘れません。先生の慈恵を愛する心は先生から教わった後輩たちが引きついでまいります。
 敬三先生、本当にありがとうございました。合掌。
同窓会広報委員長
穎川一信

※慈大新聞の当時の記事をそのまま転用しているため、現在の表現と異なるところがあり御了承ください。










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