トップページ

東京慈恵医科大学同窓会

最新情報


2013年05月25日 論壇 「伝える力 読み取る力」(平4)井上莊一郎

 診療において日々感じることに、医療における言葉の重要性がある。医師として苦労をしたこともあれば、自分や家族が医療を受けて痛感したこともある。そのようなことを考えているなかでふと手にした医療経済に関する本に、医療には「非対称性」と「不確実性」という特徴があると書かれていて頷いた。
 簡単にいえば、前者はケアを提供する医療者と受ける患者との間で医学知識の量に大きな開きがあること、後者は経験や知識が豊富な医療者であっても、患者の経過を完璧には予想できないことである。これに付け加えると、医学は医療の根幹をなす自然科学ではあるが未解明なことが多いことや、臨床医学では「常識」や「事実」が変わりうることも不確実性に加わる。また、医療には自然科学だけでなく社会学的要素も多く含まれる。そして実際の診療では、この「非対称性」と「不確実性」を前提に医療者と患者が信頼を築き、治療を進めることになる。このとき、医療者には相手のわからないことをいかに伝えるかという力と、患者の言葉から心情を読み取る力が必要となる。この伝える力と読み取る力こそがインフォームド・コンセント(IC)の本質であると考えられる。
 これまでの医学教育は、知識を吸収することに力点が置かれ、吸収した医学知識を駆使する方法を学習・訓練する機会や、患者の心情を学ぶ機会は少なかったといえる。それに対して近年、問題解決型の学習法であるproblem based-learning、医療技術などの実習であるシミュレーション、医療面接の実習であるロールプレイが導入されつつある。私は、このロールプレイは知識を伝える力、患者の心を読み取る力を学ぶ場として相応しいと考え、少人数実習において医療用麻薬に関するロールプレイを行っている。教育の成果を測るのは難しいことだが、実習後の学生の感想を聴くと、相手がわからないことを説明することの重要性に気付く機会や、患者とその家族の気持ちを感じ取る機会になっている様である。
 また、事実だけを伝えることが冷徹になりうることや、伝え方、受け取り方が不信の要因となりうることに気付く者もいる。
 ICの必要性が唱えられて約四半世紀以上たち、医療においてICは当然のこととなった。これは医療の社会学的要素が時代とともに発展した例といえる。しかし、教育の現場では伝える力、読み取る力を学び、訓練する機会はいまだに少なく、医療の発展に追いついているとはいえない状況である。今後、「よき医療人の育成」のためには、この分野における研究や教育が必須であると考えられる。(同窓会評議員・自治医科大学麻酔科学・集中治療医学講座准教授

top