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東京慈恵医科大学同窓会

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2014年01月25日 論壇
認知症の根本治療に向けたタウイメージングの開発
(昭59)須原哲也


 日本の65歳以上の高齢者は2025年には3,625万人となり2042年にはピークを迎え、また75歳以上の高齢者の全人口に占める割合は2055年には25%を超えることが予想されている。このような高齢化社会にあって認知症の高齢者は2025年には470万人に達するとされており、認知症の症状の進行を止めるあるいは発症を予防するような根本治療の開発は社会的に待ったなしのところまで来ている。
 アルツハイマー病の死後脳の病理は老人斑と神経原繊維変化に特徴づけられているが、これらを構成するタンパクがアミロイドβとタウであることがわかったのはそれほど昔ではない。しかし、いったんタンパクが同定されるとそれらを構成する遺伝子が明らかになり、また2004年には[11C]PIBという化合物によるポジトロンCT(PET)によって生体で脳内のアミロイド蓄積を画像化する技術が米国のピッツバーグ大学から報告された。この技術は瞬く間に世界中で使われるようになり、アルツハイマー病の診断基準にもバイオマーカーが陽性であることが組み込まれただけではなく、臨床症状が発現する10年以上前からアミロイドβがたまりはじめることも次第に明らかになり、この状態をプレクリニカルアルツハイマー病と呼ぶことなども提唱されるようになってきている。またアルツハイマー病の根本治療としてアミロイドβのワクチン療法の臨床試験の評価にもこのアミロイドイメージングは大きな役割を果たすことになった。しかしアミロイドβのワクチン療法は脳内のアミロイドβを減らすことには効果があっても、神経細胞死の進行を止めることには必ずしも成功しなかった。
 そこで今世界の目はもう1つの異常タンパクであるタウに向いている。そのような中、放射線医学総合研究所では世界に先駆けて昨年このタウタンパクのPETによるイメージングに成功した。この成果はNeuronという雑誌に掲載されたが、BBCをはじめとする世界中のメディアで取り上げられた。海外からの反響で明らかになったのは、現在海外ではタウの治療薬の開発が進んでおり、開発者はそのイメージングバイオマーカーを必要としていたということである。タウタンパクは神経細胞の中にたまり、またタウの遺伝子異常によって遺伝性の前頭側頭型認知症が発症することからタウタンパクは神経細胞死と密接に関係していることがわかっている。また最近ではこのタウタンパクが脳内でプリオンタンパクのように広がっていくことも報告されていて、このタウタンパクを標的とした治療法が開発されれば、認知症の進行を止められるだけではなく認知症の予防も可能になるかもしれないと期待が持たれている。さらに最近ではタウタンパクがうつ病の発症に関わっているという報告もなされており、我々が開発したPETタウイメージングは脳内局所の神経障害のマーカーという点から、精神・神経疾患の症状の発現にどのような部位と回路の異常が関わっているかを探る非常によい指標となり得ることも期待される。
 今後は現在必ずしも満足のいく診断および治療法があるとは言えない精神・神経疾患の領域において、少しでも希望の持てる医学的成果を出すことができればと考えている。
(放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子神経イメージングプログラム プ
ログラムリーダー 慈恵医大精神科客員教授)

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