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東京慈恵医科大学同窓会

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2015年02月25日 定年退任にあたって
放射線医学講座 関谷 透


 私は学生時代には内科に進もうと考えておりましたが、学部4年生の時に放射線診断学に出会い強く興味を引かれました。これこそ自分に適した仕事でありこれからの日本の医療に重要な役割を果たすものだと思い、昭和50年、本学を卒業後直ちに大学院(内科系放射線医学)に入学し、望月幸夫教授(当時)と多田信平助教授(当時)の薫陶を受けました。それ以後も迷うことなく画像診断の臨床応用およびその研究に邁進して参りました。
 大学院修了と同時に群馬大学に赴任しましたが、丁度この時期にBr-
itish Council Sc-holarshipの試験に合格し、昭和55年、家族と共に渡英しました。最初はロンドン郊外にあるロイヤル・マーズデン癌研究病院でD.コスグローブ先生(現ハマースミス病院名誉教授)の下で一年間超音波診断学を学び、その後はマンチェスター大学に臨床研究員兼講師として採用され、I.イシャウッド教授(現名誉教授)の下で更に2年間CTの臨床研究に携わりました。幾重もの幸運に恵まれ、楽しく充実した日々を過ごすことができました。
 帰国後は本学に復帰させて頂きましたが、昭和60年、琉球大学から5年生になる一期生に放射線診断学を教えてくれないかと相談され、ひめゆりの塔を見学した後、奉職することを決意しました。同大学一期生が国家試験で非常に良い成績を収めてくれたことは、私の勲章の一つであると思っております。その後、佐々木研究所附属杏雲堂病院で坂本二哉元東京大学教授の下で超高速CTの臨床研究に携わったこと、社会保険大宮総合病院(当時)で赤字続きだった経営を立て直し、十数年ぶりに黒字を計上したこと、本学に戻って国際交流の仕事に協力できたこと等が良い思い出です。最後になりましたが、本学の益々の発展を祈念すると共に、これまでご指導ご支援頂きました皆様に心より感謝申し上げます。

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