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東京慈恵医科大学同窓会

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2015年03月25日 論壇
流試合の勧め(平5)吉田清嗣


 日本人の若者に内向き指向が危惧されて久しい。文化と生活習慣の違いや何より言葉の壁がある外国で学ぶことを考えた時に、あえてリスクを取る価値観というものが喪失しているのかもしれない。私が生業とする自然科学研究分野においても、海外に渡ることでキャリアが途切れて出世争いから遅れをとることを恐れ、同じ研究室で限定されたテーマに固執し業績を上げることだけに汲々としている研究者が増えたように感じる。しかしこれでは視野は露いささかも広がらず、深みのない研究活動に終始しかねない。何より真の意味での研究の楽しさを享受できるか甚だ疑問である。
 翻って慈恵を見渡してみると、残念ながらこの内向き指向は否めない。私が本学を卒業した20余年前は、基礎研究者はもとより臨床に従事する医師も一定期間を海外で基礎研究、場合によっては臨床の現場で研鑽を積むことがステータスであり、憧れであった。そしてそこで否応無く、いわば「他流試合」に曝されることになる。この過程で自分がいかに井の中の蛙であったかということを悟り、自分の立ち位置を明確に把握できるようになるのである。これは経験した者のみにしか共感し得ない感覚だと思う。
 そこで特に若い医学研究者に提言したい。まとまった時間に学外に出て、積極的に他流試合にチャレンジしてほしい。チャンスがあれば臆することなく海外に渡ってもらいたい。慈恵の中に閉じこもっていては決して窺い知ることのできない、得難い経験が待っている。そしてこの経験は何事にも代え難い一生の財産になるはずである。自身の六年間に及ぶ米国での研究員生活を振り返ってみても、この経験が糧となり今の自分を支えていることは論を待たない。
 正直なところ、楽しいことばかりではなく、むしろ辛いことの方が多かったかもしれない。言葉の問題や日々の生活、うまくいかない実験の連続、厳しい寒さも相俟って精神的に追いつめられたこともあった。それでも天性の楽観主義と、為せば成る的な体育会系のノリで幾度となく難局を切り開くことができた。この達成感の結実として、晴れて論文が受理された時の喜びはひとしおであった。そしてこのような研究生活の過程で、たくさんの同僚や研究仲間と知り合い切磋琢磨したことが最大の財産となっている。
 慈恵の殻に閉じこもらず、飛び出す勇気を持ってもらいたい。学外での経験は必ずや有形無形に成長をもたらし、医学者として大きな飛躍に繋がると確信する。そして、多くの経験と学びを得て、また慈恵に戻って活躍してもらうことを期待している。
(生化学講座担当教授)

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