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東京慈恵医科大学同窓会

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2015年04月25日 論壇
高齢化に対峙するアートとしての医学
(平2) 小野沢 滋


 団塊の世代が生まれたのは今から約65年前、昭和22年から昭和25年前半にかけてのことである。昭和25年生まれ前後の世代が2025年、彼らの多くが75歳を超える。この世代は核家族で、田舎を捨て、都市部のベッドタウンに移り住み、元々原っぱだった場所は同一世代が集中して暮らす街となった。そして、いまその街が急速に老いを迎えつつあり、社会問題化している。この問題は少子化も相まって、非常にやっかいで、乗り越えることが困難に思えるほどである。
 団塊の世代を形成した主な原因は、よく言われるベビーブームによる出生率の上昇ではなく、昭和22年から昭和25年にかけて起きた、乳幼児死亡率の急激な低下と若年層の死亡率の低下がその原因の多くを占める。つまり60年前の医学の勝利が現在の高齢化問題を生んだといえる。
 私たち医師は、20世紀になり、命を救うための多くの武器を手に入れた。そして、医学はひたすらに命を延ばすことを求め続けてきた。その背後には、病という問題を克服すれば、人は幸せになるはずだという太古から連綿と続く価値観があるように思う。
 私は、20年以上、亀田総合病院の在宅医療部で、終末期医療や要介護者の支援に携わってきたが、数年前から「私がしていることは人の幸せに役に立っているのだろうか」と疑問に思うことが多くなった。私たちの支援により10年以上を意識なく過ごし、娘が人生を犠牲にして介護する。彼らが望んでそうなったなら良いが、中にはそうでない人も居る。
 60年前の医学の勝利が、高齢化という問題として、子孫を苦しめるとは当時、誰が考えたであろう。命を延ばすために行った医療が、その後十年間にわたる家族の葛藤を生むことを誰が予想したであろう。
 私たちが行う医学的介入はあくまで人を幸せにするための一手段でなければならない。私の卒業式の日、当時の阿部正和学長は「医学はサイエンスとアートだ」と話された。人の幸せを医学の目標に据えようとするとき、私たちはアートとしての医学を確立する必要に迫られる。サイエンスとしての医学は目に見える形の恩恵を与えてくれたが、いまや多くの問題を私たちに突きつけている。今こそ、私たちはアートとしての医学に対峙し、それを科学し、知見を蓄え確立する必要がある。
 首都圏の高齢化は私たちにそのことを強く求めている。そして、私たちがこの高齢化の波を乗り切れるとすれば、アートとしての医学を確立したときであろう。そして、その成果は今後、同様の問題を抱える世界の国々にとって、大きな恩恵をもたらすはずだ。(北里大学病院 トータルサポートセンター センター長)

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