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東京慈恵医科大学同窓会

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2015年08月25日 論壇
若者よ、慈恵で研究を始めよう
(平5)岡部 正隆


 「常に正直であること」、研究活動において最も重要なことである。生命は人間の英知を超えた複雑なシステムであり、これを解明していくことは決して容易なことではない。研究者は現象に真摯に向き合い、正直に記録することを積み重ねていくしかない。新たな現象を発見した時、その純粋な興奮や喜びは何物にも代え難い研究の推進力となる。これが研究者の「小さな喜び」である。
 近年トップジャーナルに掲載される論文は、様々な専門分野の研究者による巨大な研究プロジェクトの成果として発表されていることが多い。生命科学研究が急速にビッグプロジェクト化したことは、一人の研究者の独創的なアイデアが、世間から注目される研究成果として発表されることを困難にしている。注目される研究成果は、研究資金の維持だけではなく研究者自身の雇用にも影響することから、真摯な研究者の「小さな喜び」はいつの間にか剥奪され、トップジャーナルに掲載されることを目的とした無味乾燥な苦しみに置き換わってしまったかもしれない。
 本学は、豊富な症例を有する診療科、各種多様な医学研究に即した講座と研究所・研究部からなり、部署間の交流も盛んで、学内研究費も豊富で、雇用も安定している。また、学外研究機関との交流を考えても本学の立地は特筆すべきものである。すなわち本学は、日々の診療、教育、研究の中で得られた「小さな喜び」を、正直な視点から結実させることができ、研究者本来の業を成せる優れた研究環境にある。研究費や雇用の維持のために、世界的なビッグプロジェクト化の波に飲まれ、ともすれば捏造論文を生む危険性を抱えることはない。「小さな喜び」を、学内の研究推進費や萌芽的共同研究推進費と総合医科学研究センター各施設を利用して発展させ、科研費などの外部競争的研究資金の獲得に繋げていけば良い。研究の進捗を、ほぼ全医学領域の研究者の目に触れる成医会で発表すれば、研究開始当初の仮説をはるかに超える魅力ある推論を「小さな喜び」に付加できるかもしれない。Jikei Medical Journalに迅速に発表した原著論文は、学術情報リポジトリを介してインターネット上に公開され、結実した「小さな喜び」としていち早く世界中の研究者の目に触れさせることができる。真実を記載し示唆に富む魅力ある推論を展開した原著論文の価値は、発表雑誌に付けられたインパクトファクターで決まるものではない。真実に真摯に向き合った研究は時間に淘汰されず残り続け、いつか必ず真の価値を得ることになる。
 増え続ける医療現場のニーズに対応しながら、ビッグプロジェクト化した研究に取り組むのは容易ではない。本学は、真実の発見によって得られる研究者の「小さな喜び」を守ることで研究組織としての足場を固め、長く残り続ける医学研究を推進していくべきである。次世代を担う若手医師・教員の研究参画に期待したい。
(解剖学講座担当教授)

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