トップページ

東京慈恵医科大学同窓会

最新情報


2021年04月25日 入学式告辞
東京慈恵会医科大学 学長 松藤 千弥


 入学生の皆さん、ご入学おめでとうございます。教職員一同を代表して、皆さんを歓迎いたします。また、入学生をこれまで育み、見守り、支えてこられたご家族の皆さまにも心よりお祝いを申しあげます。
 皆さんが大学受験の準備に取り組んだこの一年間、世界は近世以来経験したことのないような感染症の脅威にさらされました。今年度入学を果たした皆さんは、これまでの受験生が経験しなかった多くの困難と不安を乗り越えてきたのであります。その努力に心から敬意を表します。本日の入学式も規模を縮小し、マスクを着けての不自由な開催となりましたが、授業や学生生活はまだ制限を受けています。心配を抱えながらの入学だと思いますが、教職員一同しっかりと支えてまいります。
 本日、私たちの仲間に加わった皆さんに、まずお伝えしたいことがあります。皆さんは、東京慈恵会医科大学にとって、まさに「宝物」である、ということです。
 その理由をお話しします。本学は1881年、明治14年に、高木兼寛先生によって創設されました。今年140周年ということになります。高木先生は海軍軍医としてロンドンのセントトーマス病院医学校に留学し、そこでイギリスの伝統である「患者中心」の医学・医療を間近に見ました。そして、それを日本に根付かせたいと考えて本学を創ったのです。「患者中心」とは「単に病気を診断し治療するだけでなく、病を持った人の苦しみを救うことを目的にする」ということです。建学の精神として「病気を診ずして病人を診よ」とも表現されます。
 病を持った人の苦しみを救うために、私たちは何をすればいいでしょうか。まず医療者としては、目の前の患者を一人の人間としてとらえ、その治療とケアに全力を尽くさなければなりません。しかし、今の医学では治すことができない病気があります。医療者として、そういうときは共感をもって寄り添うのです。ただし、そのような患者を治癒に導き、本当の意味で救うためには、医学・医療を進歩させる必要があります。これが研究です。さらに、本学で今、診療や研究に携わっている教職員、つまり私たちの時間には限りがあり、若い世代にバトンを渡さなければなりません。建学の精神を理解し、全人的な医学・医療と研究を共に実践し、未来に伝え、社会に広げてくれる仲間を育てること、これが教育であり、大学の最も重要な役割です。私たちは、医療、研究、教育を、建学の精神が指し示す同じ目的を持った営みと考えて、創設以来、途切れることなく続けてきたのです。
 140年の時を経て、本学の建学の精神は古びるどころか、いっそう輝きを増しています。未来にわたって、その価値が失われることはないでしょう。本学において建学の精神は、全ての教職員に職種を越えて共有されているだけでなく、学生や同窓にも深く浸透しています。この一体感こそが本学の何よりの力です。同じ価値観を共有する者同士、現場では互いによく恊働し、先輩を手本とし、後輩を大切に育てます。医療者をめざす皆さんにとって、すばらしい学習環境といえるでしょう。医学・看護学の神髄は、人から人へと直接伝える以外の方法では、伝えきることはできないのです。
 私たちは皆さんに、建学の精神と医学・看護学の神髄を伝えます。そして、やがて「病に苦しむ人を救う」ための診療、研究、教育を、皆さんという宝物に託すことになるのです。
 次に、これから皆さんが大学で学んでいくに当たって、大切なことを3つ挙げたいと思います。
 まず、志を高く保ち続けてください。皆さんは今、医療者をめざす熱い気持ちで満たされていることでしょう。しかし、実際に皆さんが病に苦しむ人を救うことができるのはしばらく先のことです。そのときに備えて、時間をかけて自分自身を磨いていかなければなりません。それは楽しいことですが、同時に苦しいことでもあります。特に皆さんが臨床実習、臨地実習の場で本格的に患者さんに触れ、患者さんから学ぶようになるまでの間、志を高く保ち続けるのは容易ではありません。さまざまな機会をとらえ、あるいは自ら機会を作って、繰り返し心に灯を点し、患者さんの命を預かるのにふさわしい人になるように、自分を磨いてください。それがすなわち成長です。今日からは、自分が何をするかを決めるとき、それが志に向かう自分の成長につながるかどうかを基準として選び取ってください。
 第2に、大学での学習は、自ら問題を見つけ、それを解決できるようになる、ということが目標です。これを肝に銘じ、学習方法を切り替えてください。皆さんの多くは、これまで大学に入学することを目標に勉強してきたことでしょう。この目標は明確ですが、常に不特定多数の競争相手がいて、時間にも限りがありました。皆さんは少しでも効率的な学習をしようと努力を重ね、その成功者として今ここにいます。しかし、そのような効率的な学習方法、すなわち、学習時間あたりの試験の得点を最大にしようとする学習方法は、医療者として育つ上で大きな障害になります。これから皆さんが身に付ける知識は、将来、患者を救うことに生かされなければ意味がありません。目の前の患者を病に苦しむ人と捉える時、教科書通りということはあり得ないのです。キーワードによって自動的に下せるような診断だけでなく、個別の、あるいは潜んでいる問題を見つけ出し、それを解決することは、幅広い知識の体系的、本質的な理解によって始めて可能となります。試験で点を取るだけの表層的な知識では太刀打ちできないのです。大学受験の際の成功体験を捨て去り、一刻も早く大学生としての学習方法に切り替えることは、皆さんがどんな医療者に育つかにも大きな影響を及ぼします。
 第3に、医療者にとって本当に大切なのは、知識や技術よりも、心、態度、そして人間性であるということを意識してください。コロナ禍における医療者の働きを知った上で、この道を選んだ皆さんは、人を助けたいという利他的精神、人の命を預かる責任感、そして病める人に寄り添う優しさを持った人だと信じます。どうぞこれからもその心を大事にしてください。大学では、そのような心をいかにして医療者としての行動に結びつけていくかを学びます。例えば、職業人としてのマナーを守る。患者さんの安全や人権に配慮する。共にチーム医療に携わる人たちと十分な意思疎通を図る。そして、自分自身を常に高めていく姿勢を保つ。これらは「医療者のあるべき姿」、すなわちプロフェッショナリズムです。さらに、皆さんが実習で患者さんの前に出ると、病に苦しみ、ときには死を受け入れざるを得ない人の心を受け止める、厚く強靱な人間性が必要であることを痛感するでしょう。授業で学べることは限られています。他人と交流し、新しいことに取り組み、若者として幅広い経験を積んでください。仲間の輪を広げることにより、人間性や協調性を育んでください。そして何よりも、自分らしさを失わずに学生生活を楽しんでください。多様な人が学ぶ環境は、大学にとっても、皆さん一人ひとりにとってもとても大切だと考えています。
 今、新しいウイルスに苦しめられている私たちですが、いずれこれを乗り越えるでしょう。その先にある新しい世の中で、皆さんは輝いていくのです。そのときのために、皆さんが健康で充実した学生生活を送りながら、大きく成長されることを願っています。以上をもって告辞といたします。

top