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東京慈恵医科大学同窓会

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2022年03月25日 卒業式式辞
東京慈恵会医科大学 学長 松藤 千弥


 ご卒業おめでとうございます。今日まで皆さんが重ねた努力に心より敬意を表します。本当によくがんばりました。
 2年前の春休み以降、新型コロナウイルス感染症が皆さんの学生生活を大きく変えてしまいました。臨床の実習が本格化するちょうどそのとき、登校さえできない状況になりました。遠隔授業が導入され、登校が再開されても、感染の波が押し寄せる度に、皆さんの学業と生活に大きな制約が加わりました。結局2年間、部活動は再開できませんでした。国家試験前の数か月間は、ただでさえ大変な受験準備に加え、グループ学習や情報交換が十分できない不安、万一感染者になってしまったらという不安と闘う、とても苦しい毎日だったことでしょう。そして、その闘いはご家族ぐるみのものだったことと推察します。この卒業式に何とかご家族にも参列していただきたいと考えましたが、それが叶わなかったことは誠に残念でなりません。
 皆さんは先輩達と同じような学生生活が送れなかったわけですが、その代わりに先輩達とは違う経験を積みました。部活動をしたり、外で遊んだりしていたはずの時間を使って、皆さんの多くは先輩達よりも長く勉学に励みました。医学や看護学以外のことに取り組んだ人もいたでしょう。臨床現場での実習の時間は短かったかもしれませんが、感染症の最前線を含む緊張感のある医療チームのはたらきを目の当たりにしながら、密度の濃い実習ができたのではないでしょうか。そして、このような状況下で、医療者一人ひとりやチームが何を考え、何をしなければならないか、自分のこととして考えたのではないでしょうか。人々の健康を脅かす危機が迫ったときに、組織、行政、国家、世界がどんな役割を果たすべきか思い巡らせたのではないでしょうか。さらに、疫学や数理モデルによる感染の予測と対策、分子遺伝学や構造生物学などの生命科学を駆使したウイルスの特性の解明、驚くようなスピードで進められたワクチン、免疫製剤、抗ウイルス薬の開発など、医療における科学技術開発の重要性を改めて実感したのではないでしょうか。患者と現場と自分自身を守るために求められる知識と技術の重要性を痛感したのではないでしょうか。最後に、人の命を守る医療者としての覚悟について深く考えたのではないでしょうか。
 人生に無駄な経験はひとつもない、という言葉があります。新型コロナウイルス感染症の拡大がなければ経験しなかったはずの辛いこと、苦しいこと、悲しいことは決して無駄ではないのです。それどころか、医療の担い手にとってそのような経験は必須なのだと思います。皆さんはその経験をしました。きっとこれからの成長に、今後の人生に、それを活かしてくれるに違いありません。
 たった今、ウクライナで起きている悲しいできごとは、不透明で不確実な世界の未来を象徴しているかのようです。この事件の報道に接して、皆さんは多くのことを考えていることでしょう。その中には、新型コロナウイルス感染症の拡大の中で過ごした2年間があったからこそ持てる視点があるに違いありません。
 戦争も、パンデミックも、自然災害も、あるいは日本や地球が抱える社会問題、環境問題の行く末も、社会の分断を助長し、格差を広げ、辛く、苦しく、悲しい人々を増やします。東京慈恵会医科大学で学んだ皆さんは、病気を持った人の苦しみを救うだけでなく、弱い人に温かい目を向け続けることによって、嘆きと悩みの世の中を救ってくれると信じています。
 皆さんの社会への旅立ちを祝福するとともに、人々の幸せを皆さんに託し、式辞といたします。

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