トップページ

東京慈恵医科大学同窓会

最新情報


2022年04月25日 入学式告辞
東京慈恵会医科大学 学長 松藤千弥


 入学生の皆さん、ご入学おめでとうございます。教職員一同を代表して、皆さんを歓迎いたします。皆さんは、受験準備のためのこの2年間、前例のない新型コロナウイルス感染症がもたらした多くの困難と不安を乗り越えました。皆さんの努力と工夫、そして強い精神力を讃えます。また、入学生をこれまで見守り、支えてこられたご家族の皆さまにも心よりお祝いを申しあげます。感染症の影響が残る中、この入学式を挙行することだけはできましたが、例年のようにご家族のご臨席をいただけないのは誠に残念です。
 本日、私たちの仲間に加わった皆さんに、まずお伝えしたいことがあります。皆さんは、東京慈恵会医科大学にとって、まさに「宝物」である、ということです。
 その理由をお話しします。本学は1881年、明治14年に、高木兼寛先生によって創設されました。昨年、創立140周年を迎えたことになります。高木先生は海軍軍医としてロンドンのセントトーマス病院医学校に留学し、そこでイギリスの伝統である「患者中心」の医学・医療を間近に見ました。そして、それを日本に根付かせたいと考えて本学を創ったのです。「患者中心」とは「単に病気を診断し治療するだけでなく、病を持った人の苦しみを救うことを目的にする」ということです。建学の精神として「病気を診ずして病人を診よ」とも表現されます。
 病を持った人の苦しみを救うために、私たちは何をすればいいでしょうか。まず医療者としては、目の前の患者を一人の人間としてとらえ、その治療とケアに全力を尽くさなければなりません。しかし、今の医学では治すことができない病気があります。そういうときは共感をもって寄り添うのです。ただし、そのような患者を治癒に導き、本当の意味で救うためには、医学・医療を進歩させる必要があります。これが研究です。さらに、本学で今、診療や研究に携わっている教職員、つまり私たちはいつまでも働き続けることはできず、次の世代にバトンを渡さなければなりません。建学の精神を理解し、全人的な医学・医療と研究を共に実践し、未来に伝え、社会に広げてくれる仲間を育てること、これが教育であり、大学として最も重要な役割です。私たちは、医療、研究、教育を、建学の精神が指し示す同じ目的を持った営みと考えて、創設以来、途切れることなく続けてきたのです。
 140年の時を経て、本学の建学の精神は古びるどころか、いっそう輝きを増しています。未来にわたって、その価値が失われることはないでしょう。本学において建学の精神は、全ての教職員に職種を越えて共有されているだけでなく、学生や同窓にも深く浸透しています。この一体感こそが本学の何よりの力です。同じ価値観を共有する者同士、現場では互いによく恊働し、先輩を手本とし、後輩を大切に育てます。医療者をめざす皆さんにとって、すばらしい学習環境といえるでしょう。医学・看護学の神髄は、人から人へと直接伝える以外の方法では、伝えきることはできないのです。
 私たちは皆さんに、建学の精神と医学・看護学の神髄を伝えます。そして、やがて「病に苦しむ人を救う」ための診療、研究、教育を、皆さんという宝物に託すことになるのです。
 次に、これから皆さんが大学で学んでいくに当たって、大切なことを3つお話しします。
 まず、志を高く保ち続けてください。皆さんは今、医療者をめざす熱い気持ちで満たされていることでしょう。しかし、実際に皆さんが病に苦しむ人を救うことができるのはしばらく先のことです。それまで、時間をかけて自分自身を磨いていかなければなりません。それは楽しいことですが、同時に苦しいことでもあり、次第に初心を忘れてしまいがちです。さまざまな機会をとらえ、あるいは自ら機会を作り、繰り返し心に灯を点してください。患者さんの命を預かるのにふさわしい人になるように、自分を磨いてください。それがすなわち成長です。今日からは、自分が何をするかを決めるとき、それが志に向かう自分の成長につながるかどうかを基準として選び取ってください。
 第2に、大学での学習は、自ら問題を見つけ、それを解決できるようになる、ということが目標です。これを肝に銘じ、学習方法を切り替えてください。皆さんの多くは、これまで大学に入学することを目標に勉強してきたことでしょう。限られた時間の中、常に不特定多数の競争相手に負けないようにする必要がありました。皆さんは少しでも効率的な学習をしようと努力を重ね、その成功者としてここにいます。しかし、そのような効率的なやり方、すなわち、学習時間あたりの試験の得点を最大にしようとする学習方法は、実は医療者として育つ上で大きな障害になるのです。これから皆さんが身に付ける知識は、将来、患者を救うことに生かされなければ意味がありません。目の前の患者を病に苦しむ人と捉える時、教科書通りということはあり得ません。キーワードが合えば瞬時にできるような診断を下すだけでなく、個別の、あるいは潜んでいる問題を見つけ出し、それを解決することは、幅広い知識の体系的、本質的な理解によってはじめて可能となります。試験で点を取るための表層的な知識では太刀打ちできないのです。大学受験の際の成功体験を捨て去り、一刻も早く大学生としての学習方法に切り替えてください。それは、皆さんがどんな医療者に育つかにも大きな影響を及ぼします。
 第3に、医療者にとって本当に大切なのは、知識や技術よりも、心、態度、そして人間性であるということを意識してください。皆さんは、この二年間、悩み、苦しみ、時に命をかけて新型コロナウイルスと闘う医療者の姿を、報道などを通じて見聞きしてきたことでしょう。その上でこの道を選んだ皆さんは、人を助けたいという利他的精神、人の命を預かる責任感、そして病める人に寄り添う優しさを持った人だと信じます。これからもその心を大事にしてください。大学では、そうした心をいかにして医療者としての行動に結びつけていくかを学びます。例えば、職業人としてのマナーを守る。患者さんの安全や人権に配慮する。共にチーム医療に携わる人たちと十分な意思疎通を図る。そして、自分自身を常に高めていく姿勢を保つ。これらは「医療者のあるべき姿」、すなわちプロフェッショナリズムです。さらに、皆さんが実習で患者さんの前に出ると、病に苦しみ、ときには死を受け入れざるを得ない人の心を受け止める、厚く強靱な人間性が必要であることを痛感するでしょう。医療者になるためのすべてが授業で学べるわけではありません。若者として幅広い経験を積んでください。仲間の輪を広げることにより、人間性や協調性を育んでください。そして自分の個性を大切にしてください。多様な人が学ぶ環境は、大学にとっても、皆さん一人ひとりにとっても。重要だと考えています。
 私たちを苦しめ続けている感染症は、社会に潜んでいた多くの問題を顕在化させました。ウクライナでは、私たちと同じような生活をしていた多くの人々が、突然襲いかかった不条理に苦しんでいます。似たようなことは、自然災害、戦争、あるいは新たなパンデミックによって、私たちの身近にも起こりうるのです。これらの事態に対して、人間は一見無力です。しかし、人間はこれらを乗り越えてきました。これからも乗り越えるでしょう。そのとき大切なのは、他人を思いやる心、他人の苦しみに寄り添う心です。皆さんは、その心を建学の精神に掲げる東京慈恵会医科大学に入学し、建学の精神を形にする武器として、医学を、看護学を学ぶのです。
 私たちの宝物である皆さんが、力強く学び、充実した学生生活を送ることを心より願います。以上をもって告辞といたします。

top