東京慈恵医科大学同窓会
最新情報2023年04月25日 入学式告辞
東京慈恵会医科大学
学長 松藤 千弥
入学生の皆さん、ご入学おめでとうございます。教職員一同を代表して、皆さんを歓迎いたします。過去3年間、皆さんは青春の大切な時期を新型コロナウイルス感染症の流行とともに過ごし、その中で大学受験に備えて勉学に励み、こうして夢をかなえました。過去の受験生が経験したことがない、困難や不安と戦ったことでしょう。皆さんの努力、工夫、強い精神力を讃えます。そしてこのことは、ご家族の協力と支えがなければ成し遂げられなかったはずです。ご家族の皆さまに感謝いたしますとともに、心よりお祝いを申し上げます。
入学生の皆さんに、まずお伝えしたいことがあります。皆さんは、東京慈恵会医科大学にとって、まさに「宝物」である、ということです。
その理由をお話しします。本学は1881年、今から140年余前の明治初期に、高木兼寛先生によって創設されました。高木先生は、宮崎県の出身で、鹿児島医学校でイギリス人医師ウイリアム・ウイリスの教えを受けた後、日本海軍の軍医となり、やがてロンドンのセント・トーマス病院医学校に留学しました。そこでイギリスの伝統である「患者中心」の医学・医療を学び、これこそが日本に必要な医学・医療であると考えて、本学を創ったのです。さらに、貧しい患者のための慈善病院、有志共立東京病院と、セント・トーマス病院に開設されていたナイチンゲール看護婦訓練学校を模範とする日本で最初の看護婦教育所を併設しました。
「患者中心」とは「単に病気を診断し治療するだけでなく、病を持った人の苦しみを救うことを目的にする」ということです。私たちの建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」は、これを凝縮したものです。病を持った人の苦しみを救うために、私たちは何をすればいいでしょうか。まず医療の現場では、目の前の患者を一人の人間としてとらえ、その治療とケアに全力を尽くさなければなりません。そのために、常に最新の知識を学び、自らの技術に磨きをかける必要があります。一方、今の医学では治すことができない病気があります。そういう患者に対しては、医療に携わる人間として共感をもって寄り添うのです。ただし、治らない患者を治癒に導き、本当の意味で救うためには、医学・医療を進歩させなければなりません。これを実現させるのが「研究」です。高木兼寛先生は、研究者として、脚気という病気の予防・治療法を発見し、多くの命を救いました。もう一つ、大学としてとても大切な役割があります。人を育てること、教育です。それは私たちにとって、建学の精神を共有し、共に患者中心の医学・医療と研究を実践し、未来に伝え、社会に広げてくれる仲間を育てることです。私たちは、医療、研究、教育を、建学の精神が指し示す同じ目的を持った営みと考えて、創設以来、途切れることなく続けてきたのです。
140年余の時を経て、本学の建学の精神は古びるどころか、いっそう輝きと普遍性を増しています。病気がある限り、その価値が失われることはないでしょう。本学において建学の精神は、あらゆる教職員、同窓、学生に共有され、深く浸透しています。この一体感こそが本学の力です。同じ価値観を共有する者同士、現場では互いによく恊働し、先輩を手本とし、後輩を大切に育てます。医療者をめざして学んでいく皆さんにとって、すばらしい環境といえるでしょう。医学・看護学の神髄は、人から人へと直接伝える以外の方法では、伝えきることはできないのです。
私たちは皆さんに、建学の精神と、それを成すための医学・看護学の神髄を伝えます。そして、やがて「病に苦しむ人を救う」ための診療、研究、教育を、皆さんという宝物に託すことになるのです。
次に、これから皆さんが大学で学んでいくにあたって、大切なことを3つお話しします。
まず、志を高く保ち続けてください。皆さんは今、医療者をめざす熱い気持ちで満たされていることでしょう。しかし、実際に皆さんが病に苦しむ人を救うことができるのはしばらく先のことです。それまで、時間をかけて自分自身を磨いていかなければなりません。それは楽しいことですが、同時に苦しいことでもあります。初心はだんだんと忘れてしまいがちです。さまざまな機会をとらえ、あるいは自ら機会を作り、繰り返し心に灯を点してください。今日からは、自分が何をするかを決めるとき、それが志につながる道なのかどうかを基準としてください。
第二に、大学での学習は、自ら問題を見つけ、それを解決できるようになる、ということが目標です。この目標を達成するため、学習の仕方を根本から変えてください。皆さんの多くは、これまで大学に入学することを目標に勉強してきたことでしょう。限られた時間の中、常に不特定多数の競争相手に負けないようにする必要がありました。皆さんは少しでも効率的な学習をしようと努力を重ね、その成功者として今ここにいます。しかし、そのような学習方法、すなわち、学習時間あたりの試験の得点を最大にしようとする方法は、医療者として育つ上で大きな障害になります。これから皆さんが身に付ける知識は、将来、患者を救うことに生かされなければ意味がありません。目の前の患者を病に苦しむ人と捉える時、教科書通りということはあり得ないのです。キーワードを見つけて瞬時に下せるような診断だけでなく、個別の、あるいは潜んでいる問題を見つけ出し、それを解決することは、幅広い知識の体系的、本質的な理解によってはじめて可能となります。試験で点を取るための表層的な知識は役に立たないのです。大学受験の際の成功体験を捨て去り、一刻も早く大学生としての学習方法に切り替えてください。
第三に、医療者にとって本当に大切なのは、知識や技術よりも、心、態度、そして人間性であるということを意識してください。皆さんはこの3年間、ウイルスとの長く厳しい戦いを続ける医療者の姿を見聞きしてきたことでしょう。その上で、覚悟を持ってこの道を選ばれました。皆さんは、自分をおいてでも人を助けたいという利他的精神、人の命を預かる責任感、そして悩んでいる人に寄り添う優しさを持った人だと思います。どうぞこれからもその心を大事にしてください。大学では、その心をどうやって医療者としての行動に結びつけるかを学びます。例えば、職業人としてのマナーを守る。患者さんの安全や人権に配慮する。チーム医療に共に携わる人たちと十分な意思疎通を図る。そして、自分自身を常に高めていく姿勢を保つ。これらは「医療者のあるべき姿」、すなわちプロフェッショナリズムです。数年先、皆さんは実習で患者さんを受け持つことになります。患者さんを前にした時、医療者には、病に苦しみ、ときには死を受け入れざるを得ない人の心を受け止める、厚く強靱な人間性が必要であることを痛感するでしょう。医療者になるためのすべてが授業で学べるわけではありません。若者として幅広い経験を積んでください。正しいことと、そうでないことを見極める力を育ててください。仲間の輪を広げることにより、人間性や協調性を伸ばしてください。そして何より自分の個性を大切にしてください。
志を高く保つこと、学習方法を切り替えること、本当に大切なのは心、態度、人間性であること、この3つを忘れないでください。
まだ終わらない感染症は、社会に潜んでいた多くの問題を顕在化させました。ウクライナでは、私たちと同じような恙無い生活をしていた人々が、突然襲いかかった不条理に苦しんでいます。似たようなことは、自然災害、戦争、あるいは新たなパンデミックによって、私たちの身近にも起こりうるのです。これらの事態に対して、私たち一人ひとりは無力のように見えます。しかし、人間はみんなでこれらを乗り越えてきました。これからも乗り越えるでしょう。そのとき大切なのは、他人を思いやる心、他人の苦しみに寄り添う心です。皆さんは、その心を建学の精神に掲げる東京慈恵会医科大学に入学し、建学の精神を形にする武器として、医学を、看護学を学ぶのです。
私たちの宝物である皆さんの大学生活が、実り多きものになることを願って、告辞といたします。